BAR The‑BackSpace

いらっしゃい。今日も一日、燃え尽きましたか。ちょうどいい。今夜は日没を、もう一度やり直しましょう。テキーラサンセットです。

テキーラにレモン、砕いた氷。そこへ、ざくろのシロップが沈むように注ぐと……ほら。グラスの中に、夕焼けが下りてきました。

このカクテルには、姉がいましてね。テキーラサンライズ。朝焼けのほうです。あちらは昔、有名なロックバンドの面々がツアー先で頼み続けたものだから、世界中に広まりました。

曲にもなり、映画の題にもなった、派手な姉です。それに比べると、妹のサンセットは静かなものです。逸話も少なく、ロックスターも担がない。まあ、夕日ですから。担ぎ上げるものではなく、見送るものなんでしょう。

でも私は、断然、夕日の側の人間です。

テキーラの原料の話を、少ししましょうか。竜舌蘭という植物から造ります。畑で育つのに、短くて六年、長いものは十年近く。しかも使うのは、何年もかけて糖を蓄えた株の芯だけです。

つまりテキーラの一杯の後ろには、メキシコの夕日を何千回と浴びた植物の、長い長い仕込みがある。即席の材料からは、あの深みは出ません。夕日の似合う酒には、夕日の当たった年月が、ちゃんと入っているんです。

竜舌蘭には、もうひとつ豪快な話があります。あの植物、花を咲かせるのは一生に一度きりなんです。仲間には何十年も葉を茂らせるだけのものもいて、英語では「世紀の植物」なんて呼ばれます。

何十年も黙って蓄えて、最後に一度だけ、見上げるような花茎を立てて咲く。早咲きばかりがもてはやされる世の中ですが、そういう咲き方も、植物界の公式記録として、ちゃんと存在する。

あなたの開花予定日は、まだ過ぎていませんよ。台帳を確認しましたが、期限の欄は空欄でした。

朝日と夕日、同じ太陽なのに、夕日のほうが赤が深いのはご存じですか。日が低いと、光は空気の層を長い距離、斜めに通ってきます。

その長旅の途中で、青い光は散らばって脱落してしまう。波長の長い、粘り強い赤だけが、目まで届く。夕焼けのあの色は、いちばん遠くまで届いた光の色なんです。

歳を重ねた人の言葉が、ときどき妙に染みるのも、たぶん同じ理屈です。若い言葉は、青くて、鋭くて、量が多い。

歳を取ると、途中でいろいろ振り落とされて、赤くて長持ちする言葉だけが残る。口数の減った親の、たまのひとことが効くのは、あれが長旅を越えてきた赤だからです。

一日の単位でも、同じことが言えます。朝のあなたは、予定と可能性の青い光でいっぱいだった。夕方のあなたは、そのうちいくつかを散らして、いくつかを済ませて、赤くなってここに座っている。

目減りした気がするかもしれませんが、違いますよ。残った赤は、今日いちばん遠くまで届いた分です。今日やり遂げたことが一つでもあれば、その一つが、あなたの夕焼けです。

それと、夕日のいいところは、誰も追いかけないことです。朝日は追われるでしょう。初日の出なんて、始発で拝みに行く人までいる。夕日は違います。

立ち止まった人のところにだけ、見える。忙しい日には、日が沈んだことにも気づかない。だから「今日、夕焼けを見たな」という記憶があるのは、その日どこかで立ち止まれた証拠なんです。

今夜のあなたは、この赤いグラスの前で、ちゃんと立ち止まっている。それだけで今日は、及第点です。

写真を撮る人たちは、日没前後のわずかな時間を、マジックアワーと呼ぶそうです。光が低く回って、何を撮ってもきれいに写る、魔法の時間。ただし、短い。ぼんやりしていると終わってしまう。

一日の中の夕暮れも、人生の中の「いい時分」も、たぶん同じ作りです。長くは続かない。その代わり、毎日ちゃんと来る。今日を逃しても、明日もまた来る。魔法にしては、ずいぶん律儀な魔法なんです。

飲み方はご自由に。かき混ぜて飲めば、夕焼けは早めに夜になります。混ぜずに飲めば、底のほうに甘い残照が、最後のひと口まで残る。

私のおすすめは……いや、やめておきましょう。日の沈ませ方くらい、人に指図されるものじゃありません。

ゆっくりどうぞ。ここから先は、もう、あなたの夜です。

また明日、灯りをつけておきます。