日本経済は成長するのか

Will Japan Grow?

人口・社会保障・国債の金利といった数字を通じて、日本経済のこれからを考える材料を集めてきました。ここでは、いちばん大きな問いに取り組みます。日本経済は、これから成長するのでしょうか。

先に断っておくと、このページに「成長する」「成長しない」という断定的な答えは書きません。未来を言い当てることではなく、何を見れば自分なりに判断できるかという手がかりを持つことを、このページの目的にします。経済の予測は、専門家の間でも見方が分かれます。だからこそ、予測そのものを覚えるより、判断材料となる数字とその読み方を持ち帰るほうが、長い目で見て役に立ちます。

経済の専門家が発表する見通しも、前提が変われば数字が変わる推計にすぎません。1つの数字を鵜呑みにするのではなく、その推計がどんな前提の上に立っているのかを合わせて確かめるという姿勢は、この講座を通じて何度も出てきた考え方です。日本経済の成長という、この講座でいちばん大きなテーマにも、同じ姿勢で向き合います。

「成長する・しない」を分解する

経済の成長は、大きく3つの要素の掛け算で説明されます。働く人の数工場や設備などの資本、そして一人ひとりがどれだけの価値を生み出せるかという生産性(同じ時間・同じ人数で生み出せる価値の大きさ)です。この3つのどれかが増えれば、経済全体で生み出される価値、つまりGDPも増えやすくなります。

日本の場合、1つ目の要素である働く人の数は、この先も減っていく見通しが示されています。ここで注目したいのは、残り2つの要素です。設備投資やロボット・AIの導入によって資本を増やすことや、働き方や仕組みを見直して生産性を高めることができれば、働き手が減った分をどれだけ補えるか、という構造でこの問いを分解できます。

たとえば、店舗のセルフレジ化や事務作業の自動化は、働く人の数を増やさずに、1人あたりがこなせる仕事量を増やす取り組みです。これは3つの要素のうち、資本(設備投資)と生産性の両方に働きかける動きだといえます。人手不足という制約が強い分野ほど、こうした取り組みへの投資が進みやすい、という見方もできます。

「人口が減る=経済が縮む」と単純に結びつける前に、この3つの要素それぞれがどう動いているかを見る必要があります。働く人の数がマイナスに働いても、資本と生産性がそれを上回るペースでプラスに働けば、経済全体としては成長する余地が残ります。逆に、資本や生産性の伸びが鈍ければ、働き手の減少がそのまま経済の重荷になります。どちらに転ぶかは、今の時点では誰にも断定できません。

「日本はもう成長しない」「AIが生産性を押し上げる」といった見出しは、どちらもこの3要素の一部だけを切り取った言い方です。見出しを読んだら、それが働き手・資本・生産性のどの要素の話をしているのかを、いったん自分の頭で仕分けてみると、話の大きさや確からしさが見えやすくなります。3つの要素をすべて一度に扱っているニュースは、実はそれほど多くありません。

現在地の数字

名目GDPと実質GDP・経済成長率で見たとおり、2025年度の実質成長率は+0.8%、名目成長率は+4.2%でした。この2つの数字の開きが、今の日本経済の現在地をよく表しています。

人口は減り続けている一方で、名目の金額は物価の上昇を含んで膨らみます。実質と名目、どちらの数字を見ているかによって、経済が成長しているように見えるかどうかが変わってきます。「GDP過去最高」というニュースを見たときは、それが名目の話か、実質の話かを、まず確かめる習慣が役に立ちます。名目の金額が過去最高でも、物価の伸びを差し引いた実質の伸びがわずかであれば、実感としての豊かさが大きく増えているとは限りません。

+0.8%という実質成長率だけを取り出すと、小さな数字に見えるかもしれません。ただし、この数字は毎年更新される一時点のものであり、この先も同じ水準が続くと決まっているわけではありません。四半期ごとに内閣府から公表される最新の値を、そのつど確かめにいくという姿勢のほうが、1つの数字を記憶しておくことよりも役に立ちます。

他の主要国と比べて日本の成長率が高いか低いかという国際比較も、ニュースでよく取り上げられる切り口です。ただし、この講座では裏取りできていない数値を扱わない、という約束にしているため、国どうしの具体的な比較値はここでは扱いません。気になった場合は、内閣府や国際機関が公表している最新の一次資料に、自分で当たってみることをおすすめします。

インフレと賃金のこれから

成長率の数字の裏側では、賃金と物価の追いかけっこが続いています。賃金と物価の関係で見たとおり、名目の賃上げが物価の上昇に追いつくかどうかで、暮らしの実感は大きく変わります。

ここでの焦点は、実質賃金がプラスの状態で定着するかどうかです。この講座では、それが実現すると断定することも、しないと断定することもしません。かわりに、厚生労働省が毎月発表する実質賃金の数字を追っていけば、この焦点がどちらの方向に動いているかを、誰でも自分の目で確かめられる、という点を持ち帰ってください。実質賃金がプラスの状態で何か月も続けば、賃金と物価の追いかけっこに変化が起きているというひとつの手がかりになりますし、マイナスが続けば、まだ道半ばだという手がかりになります。

実質賃金が安定してプラスになれば、消費という需要の側からも経済を押し上げる力が働きやすくなります。働き手・資本・生産性という供給の側だけでなく、家計がどれだけ安心してお金を使えるかという需要の側も、成長を考えるうえでは欠かせない視点です。ただし、この講座で確認できる材料は、あくまでここまでに紹介した数字の動きまでです。この先どちらに向かうかは、これから発表される数字が教えてくれます。

もっと深く ― 成長率0.8%の世界と1.5%の世界DEEP DIVE

ここからは、基礎の一歩先の話です。読み飛ばしても本筋は追えます。

わずかな成長率の差が、時間の中でどう膨らむか

実質成長率が今の水準である0.8%のまま30年続いた場合と、1.5%まで高まった状態が30年続いた場合を、単純な複利の計算で比べてみます。年0.8%の成長が30年続くと、経済の規模はおよそ1.27倍に膨らむ計算になります。年1.5%であれば、およそ1.56倍です。

これはあくまで仮想の計算例であり、実際にどちらの成長率が実現するかを予測するものではありません。ただ、1年ごとに見るとわずかな差に見える成長率も、何十年という時間の中では、経済の規模に大きな開きを生む、という感覚は持っておいて損はありません。年金や社会保障の財政検証で、成長率の前提が複数のシナリオに分けて示されるのも、この小さな差の積み重ねが、将来の姿を大きく左右するからです。

複利は、貯金にも借金にも同じ力で働く

同じ複利の力は、家計の貯蓄や住宅ローンの利息にもそのまま働きます。わずかな金利差が、返済年数の長いローンでは大きな総支払額の差になって表れるのと同じ理屈です。複利(元本だけでなく、それまでに生まれた利息や成長分にも次の期間の利息や成長がかかっていく仕組み)という考え方は、国全体の成長率を見るときも、自分の家計を見るときも、共通の物差しとして使えます。

考えてみるTHINK
Q1

人口が減る国でGDPが成長するには、何が人口減を上回ればよいでしょうか?

ヒント: このページで分解した3つの要素のうち、働く人の数以外の2つを思い出してみましょう。

Q2

「日本はもう成長しない」という言説を、数字でどう検証できるでしょうか?

ヒント: 日本経済を見るための重要指標で見た、指標の出どころと発表頻度を思い出してみましょう。

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