円安・円高で日本はどうなるのか

Effects of Yen Moves

円安の効き方

円安が進むと、日本経済にはさまざまな影響が同時に現れます。「円安は日本にとって良いことなのか、悪いことなのか」という問いには、実は正しい単一の答えがありません。誰の立場に立つかによって、答えが変わるからです。円安と物価で見た「値札に届くまでの経路」を思い出しながら、影響を受ける立場を一つずつ確認していきましょう。

まず、輸入品を多く使う家計や企業にとって、円安は向かい風です。原油や小麦などの輸入価格が円建てで上がり、電気代や食品の値段に波及していきます。エネルギーや原材料を輸入に頼る企業にとっても、仕入れコストの上昇という形で負担が増えます。

この輸入依存の大きさは、数字で見るとより実感できます。食料自給率はカロリーベースで38%、エネルギー自給率はおよそ13%にとどまります(農林水産省・資源エネルギー庁)。輸入に頼る割合がこれだけ高い分、円安による値上がりの影響を、日本の家計は他国よりも受けやすい構造にあります。

一方、海外で商品を売る輸出企業にとっては、円安は追い風です。ドルなど外貨で受け取った売上を円に換算すると、金額が増えるため、業績にプラスに働きやすくなります。数字で確認してみましょう。100万ドル分を輸出する企業があるとして、1ドル=100円なら円換算の売上は1億円、1ドル=150円なら1億5,000万円になります(説明のための例です)。ドルでの売上高が同じでも、為替が動くだけで円換算の金額が5,000万円も変わる計算です。

日本を訪れる外国人観光客にとっても、自国のお金でより多くの円に交換できるため、日本での買い物や宿泊が割安に感じられ、消費が増えやすくなります。

さらに、海外に資産を持つ人や企業にとっても、円安は評価額を押し上げる方向に働きます。経常収支 ― 日本の稼ぎ方の正体で見た対外純資産は561兆7,504億円(財務省、2025年末)にのぼりますが、これは主にドルなど外貨建てで保有されているため、円安になるほど、円に換算した評価額は大きくなります。

こうして見ると、円安という1つの動きだけで、輸入品を買う家計には負担増、輸出企業には収益増、訪日客には割安感、海外資産の保有者には評価額増と、少なくとも4通りの異なる影響が同時に生まれていることが分かります。

円高の効き方

円高は、円安とちょうど逆向きの影響をもたらします。同じ立場を、今度は円高の側から見てみましょう。

輸入品を多く使う家計や企業にとって、円高は追い風です。輸入価格が円建てで下がるため、電気代や食品の値上がりが抑えられやすくなります。海外旅行も、同じ外貨をより少ない円で交換できるようになるため、割安に感じられます。食料自給率38%・エネルギー自給率およそ13%という輸入依存の高さは、円高のときには逆に、家計の負担を和らげる方向に働きます。

反対に、輸出企業にとって円高は逆風です。先ほどの例で言えば、100万ドルの輸出は、1ドル=150円のときは1億5,000万円でしたが、1ドル=100円まで円高が進めば1億円に目減りします(同じく説明のための例です)。ドルでの売上高は変わっていなくても、円に換算した金額には下押し圧力がかかります。訪日外国人客にとっても、日本での買い物や旅行が割高に感じられるようになり、消費が伸びにくくなります。

海外に資産を持つ人や企業にとっても、円高は評価額を目減りさせる方向に働きます。外貨建ての資産を円に換算した金額が小さくなるためです。円安のときに評価額が増えたのと、ちょうど裏返しの関係にあります。

円安の節で確認した4つの立場を、そのまま円高に当てはめると、輸入品を買う家計には負担減、輸出企業には収益減、海外旅行者には割安感、海外資産の保有者には評価額減という、正反対の組み合わせになります。表にまとめて、両方を見比べてみましょう。

立場円安のとき円高のとき
輸入品を買う家計・企業支出が増えやすい支出が減りやすい
輸出企業収益が伸びやすい収益に逆風
訪日客・海外旅行に行く人訪日は割安、海外旅行は割高訪日は割高、海外旅行は割安
海外資産を持つ人・企業円建て評価額が増える円建て評価額が目減りする

「誰にどう効くか」で考える

ここまで見てきたように、円安にも円高にも、追い風になる立場と向かい風になる立場が、それぞれ存在します。輸入品を買う家計にとっての向かい風は、輸出企業にとっての追い風であり、その逆もまた同じです。

つまり、「円安は良い」「円高は良い」と、どちらか一方に軍配を上げられる単純な話ではありません。同じ動きが、立場によって正反対の効き方をするというのが、為替の動きの本質です。ニュースが「円安で企業業績が最高益」と報じた同じ週に、「円安で家計が圧迫されている」と報じることがあるのは、矛盾しているのではなく、両方とも事実だからです。

日本の経済史を振り返っても、「円高不況」が心配された時期もあれば、「円安は国益にかなう」と言われた時期もあります。どちらの主張も、その時々に強く影響を受けていた立場から見た実感だったと考えると、理解しやすくなります。

経済のニュースで為替の動きに触れるときは、「円安は良いことか、悪いことか」と考えるより、「この動きは、誰に、どう効いているのか」と問い直してみると、報道の見え方が変わってきます。同じ1つのニュースの裏に、得をする立場と、負担が増える立場が、同時に存在しているのです。

しかも、1人の人の中にも、複数の立場が同居しています。輸入品を買う消費者であると同時に、勤め先が輸出企業なら賃金の面では追い風を受けているかもしれません。日本人の金融資産2,000兆円超とは何かで見たように、家計の金融資産では投資信託などを通じた保有が増えており、その中に海外資産が含まれていれば、資産の面でも円安・円高の影響を受けます。だからこそ、「自分にとって」を考えるときは、収入・支出・資産の3つに分けて見る必要があるのです。

もっと深く ― 円安でも、かつてほど輸出が伸びない理由DEEP DIVE

ここからは、基礎の一歩先の話です。読み飛ばしても本筋は追えます。

「円安=輸出企業が潤う」が、単純には成り立たなくなった

かつては、円安が進むと輸出企業の売上が大きく伸びる、という関係がはっきりしていました。しかし近年は、円安になっても輸出の数量そのものはそれほど増えない、という現象がしばしば指摘されます。

背景にあるのは、生産拠点の海外移転です。多くの日本企業は、国内工場で作って輸出するのではなく、海外に工場を建てて、現地で作って現地で売る形に切り替えてきました。この場合、円安になっても、国内から輸出する量自体が少ないため、恩恵の受け方は以前とは変わっています。円換算した利益は増えても、それが国内の雇用や設備投資にそのまま直結するとは限らない、という構造の変化です。

内需向けの企業と、外需向けの企業では受け止め方が違う

同じ「企業」でも、海外に売る比率が高い企業と、国内向けの商売が中心の企業とでは、円安の受け止め方はまったく違います。海外向けの売上が多い企業は円安を追い風と感じやすく、原材料は輸入に頼りながら国内で販売する企業は、むしろ円安をコスト増と感じやすいでしょう。「企業にとって円安は良いことだ」という言い方も、実はどの企業を思い浮かべているかによって、当てはまり方が変わってくるのです。

効果が表れるまでには、時間差がある

為替が動いても、企業の売上や家計の支出にすぐ反映されるわけではありません。すでに決まっている契約や、あらかじめ交渉した仕入れ価格には、しばらく反映されないことがあります。この時間差はJカーブ効果(為替が動いてから、貿易収支などの数字に効果が表れるまでに時間差があるという現象)と呼ばれることがあります。為替が動いた直後に、企業が「業績への影響は限定的」とコメントすることがあるのは、この時間差が理由の一つです。

考えてみるTHINK
Q1

自分の家計は、円安と円高、どちらに強いでしょうか?

ヒント: 収入・支出・資産の構成を、この表の4つの立場に当てはめて考えてみましょう。

Q2

ニュースが「円安で企業業績最高」と「円安で家計圧迫」を同時に報じるのは、なぜでしょうか?

ヒント: 「誰にどう効くか」で見た、輸出企業と輸入品を買う家計、それぞれの立場を思い出してみましょう。

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