情報とメディアの特性
Information & Mediaデータと情報の違い
データ(事実・事柄・現象などを客観的な形で記録した素材そのもの)と、情報(データを整理・分析・加工して、特定の目的や判断に役立つ意味や価値を持たせたもの)は、似ているようで別のものです。
たとえば、観測された気温や湿度の数値そのものは、それだけではすぐに役立つ意味を持ちません。単なる数字や文字の集まりにすぎない、データの段階です。そこに文脈や解釈が加わり、受け手が理解し、利用できる形になってはじめて、情報になります。
私たちは日常「データ」「情報」という言葉を、あまり区別せずに使っています。しかしこの講座では、この二つをきちんと分けて考えることを出発点にします。物事を細分化して考える習慣が、この先のすべての章の土台になるからです。
データが情報になるまでの流れ
データが情報に変わっていく流れは、次のように整理できます。
- ある事象・現象が、時間の経過とともに存在している
- 測定したい事象・現象を観測し、符号化・数値化してデータとして収集する
- グラフなどで可視化し、傾向を分析することで、情報に変換する
- 実際に起きた結果と情報を照らし合わせて、知識にする
- その知識をもとに、また次のデータや情報を見ていく――これを繰り返すことで、私たちは経験則(繰り返しの経験から見えてくる、法則のようなもの)を作っていきます
「どこに時間がかかっているのか」「どこが成果につながっているのか」――この流れを意識して物事を細かく分けて考えることが、いま重視されている「効率化」の第一歩でもあります。
モノと情報の違い
情報には、モノ(物理的なもの)にはない、いくつかの特有の性質があります。
- 残存性 ― モノは移動すると(その場から)消えますが、情報は消しても残ります。
- 複製性 ― モノを複製するのは大変ですが、情報は簡単に複製できます。
- 伝播性 ― モノは手紙のように届けるのに時間がかかりますが、情報は伝わりやすい性質を持っています。
- 情報の個別性 ― 同じ情報でも、受け取る人によって捉え方はさまざまです。たとえば「シチュー」と聞いて、ビーフシチューを思い浮かべる人もいれば、クリームシチューを思い浮かべる人もいます。
- 情報の目的性(メディアリテラシーにつながる性質です) ― 発信する側には、意図や目的が込められている場合があります。「カレー」という言葉ひとつでも、「横須賀カレー」「銀座カレー」のように地域や店名を冠することで、自分が扱っているカレーを明確にしようとしている、といった具合です。
この中でも、情報の個別性について、もう少し深く考えてみましょう。
考えてみましょう―情報の捉え方
同じ情報でも、人によって受け止め方や取るべき行動は変わります。次の三つの情報について、自分ならどう行動するか、考えてみてください。
- 今年は花粉が平年より多く飛散します。 ― 耳鼻科に行く、市販薬を買う、特に何もしない、飛散の少ない地域に一時的に移動する――対応は人それぞれです。
- 今夜は雨が降りそうです。降水確率は30%です。 ― 傘を持っていく人、折りたたみ傘だけ持つ人、多少濡れても構わないので持たない人、判断が分かれます。
- 30年以内に南海トラフ巨大地震が起きる確率は70〜80%です。 ― この数字を見て、あなたは何を準備しますか。同じ確率という情報でも、受け取り方や行動は人によって大きく異なるはずです。
同じ「事実」であっても、受け手の立場や状況によって意味づけが変わる。これが、情報の個別性です。
次に、同じひとつの事実が、伝え方(メディア)によってどう印象を変えるかを考えてみましょう。ある飲食店で、来店した100人のうち5人が体調不良を訴えた――という同じ事実を、三つの異なる形で伝えてみます。
A:ニュース記事風(文章メディア)
「本日、都内の飲食店において、来客数100人中5人が体調不良を訴えていたことが分かりました。現在、保健所が原因を調査中で、店舗側はこれを受けて臨時休業となっています。」
B:SNS投稿風(短文・感情)
「ヤバい店見つけた。今日行った店、5人も体調不良出たらしい。俺も今日餃子定食食ったんだけど、不味かったんだよな。大丈夫かな? #拡散希望」
C:グラフ風(数値・視覚)
「体調不良者の割合」というタイトルで、来店者のうち異常なし97%・体調不良3%という内訳を、横に伸びる帯グラフ(帯全体を100として、区分ごとの割合を色分けして示すグラフ)で示したもの、というイメージです。数字だけを見ると、体調不良の割合はごくわずかに見えます。
三つの情報から、共通する「事実」だけを抜き取ってみてください。答えを先に言ってしまうと、共通の事実は「ある飲食店で、1日に来店した100人のうち5人が体調不良を訴えた」――これだけです。文章は冷静で信頼感を演出し、SNSは感情と拡散力を持ち、グラフは客観的に見えて実は切り取り次第で印象が変わります。同じ事実でも、メディアが変われば、受け取る印象はまったく違うものになるのです。
メディアの特性をそれぞれ知る
先ほどの例からもわかるように、メディアにはそれぞれ性質があります。
- 文章 ― 冷静で、信頼感を持たれやすい。
- SNS ― 感情がこもりやすく、拡散力が強い。
- グラフ ― 客観的に見えるが、切り取り方次第で印象が変わる。
どのメディアが「悪い」というわけではありません。それぞれの性質を知った上で受け取ることが大切です。
メディアリテラシー(受信側)
メディアリテラシー(メディアが伝える情報を、正しく読み解き、活用する力)というと、「どの情報が正しいかを見抜く力」だと思われがちです。しかし、受け手側にとってより大切なのは、その情報がどう加工されていて、元の素材(事実)は何かに気づく力です。
文章・SNS・グラフ、どの形で情報が届いても、「これは誰が、どんな意図で、どう編集して伝えているのか」を意識するだけで、受け取り方は大きく変わります。これが、受信側のメディアリテラシーです。発信する側のメディアリテラシーについては、次のレッスンで扱います。
考えてみましょう―レビューを紐解いてみる
旅行先や飲食店を選ぶとき、多くの人が口コミサイトのレビューを参考にします。試しに、ふだん目にするレビューの並びを思い浮かべながら、次の問いを考えてみてください。
- 「信頼できそう」と感じたコメントはどれでしょうか。そう感じた理由はどこにありましたか。
- 強い感情が含まれているコメントはどれでしょうか。
- 投稿数が多い人は、どんな人物像に見えるでしょうか。
- 自分が「行ってみたい」と思わされた投稿はどれでしょうか。
- 逆に、行く気がしなくなった(ネガティブに働いた)投稿はどれでしょうか。
- それらをすべて取り除いたとき、最後に残る「事実」は何でしょうか。
レビューは、事実 × 感情 × 立場 × 目的の混合物です。「信頼できるかどうか」は情報そのものの性質ではなく、受け手であるあなた自身の判断にかかっています。こうして分解してみると、レビューの中に含まれる純粋な「事実」は、思っている以上に少ないことに気づくはずです。ぼんやりした印象のまま拡散してしまうと、事実ではないことまで広まってしまうことがあります。
ここからは、基礎の一歩先の話です。読み飛ばしても本筋には困りません。
DIKWピラミッドという考え方
この章で見た「データ→情報→知識」という流れは、情報学の世界でDIKWピラミッド(Data・Information・Knowledge・Wisdomの頭文字)と呼ばれる考え方に近いものです。土台にあるのが加工前のデータ、それを整理・分析して意味づけたものが情報、その情報が経験と結びついて再現性を持つようになったものが知識、そしてその知識を状況に応じて的確に使いこなせる段階が知恵、という4段階で表現されます。
「知っている」と「使える」は別の階層
このピラミッドが面白いのは、階層が上がるほど「量」ではなく「質」の問題になっていくところです。データはいくら集めても、それだけでは判断材料になりません。逆に、知識や知恵の段階に近い人は、少ないデータからでも的確な判断ができます。「物事を細分化して考える」というこの章の出発点は、まさにデータを情報に、情報を知識に押し上げていく作業そのものだといえます。
教室のひとこま
最後に、このテーマを教えるとき、教室で交わされるやりとりと、講師として感じていることを。
講師
講師「効率化」という言葉を、私はこの章の導入でよく口にします。昔は「とにかく頑張る」「時間をかけて集中する」ことが美徳とされてきましたが、今の時代はそれに加えて「それは本当に効果があるのか」「無駄はないか」「もっと良いやり方はないか」を問うことが求められます。物事を細かく分けて考えることは、この「効率化」の第一歩だと思っています。
この話をするとき、私は自分自身が競泳をしていた経験に触れることがあります。昔はとにかく量をこなす、根性の練習が主流でしたが、今はデータを取り、分析し、最適な練習方法を選ぶ時代になりました。「どれだけ時間を使ったか」より「どれだけ効果的だったか」が問われる――その変化を、身をもって感じてきました。(※このくだりは実体験部分のため、公開前に文言の調整をお願いします。)