祖父が手を振った空
広島平和記念公園、原爆死没者慰霊碑。石碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれています。
今日は、広島に原爆が投下された日です。8月6日午前8時15分という時刻を迎えるのも、81年目となります。
広島出張はこれまでに3回あり、うち2回は平和記念公園を訪れました。初めて広島の地を踏んだときと、広島サミットが開催されたときでしたね。
どちらも仕事がギリギリとなり、日が暮れてしまう前に行きたいと思ってタクシーを拾って行きました。そうだ、広島サミットのときは道路工事で渋滞が発生、到着までけっこうな時間がかかった記憶があります。
岸田政権時、広島サミットに合わせるため必死だったようですね。
そこから歩いて橋を渡り、原爆ドームも訪れました。本当にボロボロで、現物保存とはいえ雨風に打たれ続けているのですから、2度目も「崩れ落ちてしまうのではないか」という感想を持ちました。
義務教育では、いま戦争についてどう習うのでしょう?
私の世代では、小学校の頃、視聴覚室で『はだしのゲン』を見ました。原爆が投下され、顔がドロドロに溶けていく描写が記憶に残っています。
いまはもう『はだしのゲン』は、封印されてしまったのですかね?
髪の毛が抜けていく。いじめのシーンもありましたね。子供のころの自分には、正直なところ「つまらなくて、暗い、出口のないアニメだ」としか感じていなかったと思います。
体験していない話は、怖い話をただ延々と聞かされているだけ、小学生の自分には何も興味を持てなかった話でもありました。
太平洋戦争、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約と、単なる歴史のテストでスコアを取るためのキーワードとしか捉えられなかったと思います。
少なからず学生の頃は、「また戦争の話か」と飽き飽きしたこともありました。
布団の上で当たり前のように眠り、当たり前のように朝食を食べ、トイレを済ませて、当たり前のように学校に行く。当たり前という平和の中で育った自分にとって、戦争の状況をイメージするというのは、無理な話なのかもしれません。
社会人となり、視野が広がっていきます。
特にいまは YouTube のおかげで、昭和天皇やマッカーサーの当時の動画が見られるようになり、竹槍を持って戦おうとした映像や、特攻隊の最後の手紙など、学生時代には得られなかった情報を、ネットの発達によって身近に知ることができるようになりました。
そうだ、祖父がいつだったか教えてくれたことがありました。
祖父が戦争体験を語った、唯一の話だったと思います。アメリカ軍の飛行機が来たら、立ち止まって手を振る。すると、アメリカ兵も手を振って、何もしない。石でも投げようものなら撃ってくる。だから、にこにこして手を振っていた。
この話が本当かどうか、もしかしたら少し脚色されているのかもしれませんが、外を見上げると今は旅客機しか飛んでいない、なんとも平和な空です。
戦争は、どちらかが壊滅的に敗北を迎えるまで終わりません。これは戦争ゲームで学びました。
有利なプレイヤーは不利なプレイヤーを壊滅させる。駆逐しなければ、隙を見て逆襲される。逆襲されないために、自分の命を守るために、徹底的に排除する。優しさ・情けは、命取りになるのです。
ロシアとウクライナの戦争はなかなか終わらず、ホルムズ海峡の問題もなかなか収束しません。被爆から81年が経っても、世界のどこかで常に火種がくすぶっています。イスラエルとガザも停戦合意はされたものの、ニュースが入ってこないだけで、まだ不安定な情勢でしょう。戦争に宗教が絡むと、本当に大変。
体験していない自分たちにできるのは、想像することと、忘れないでいること。そして、祖父が手を振った空の話を、今度は自分が誰かに語り継ぐこと。それくらいしかできませんが、それを絶やさないことが、被爆国に生まれた人間の宿題でしょう。
三日後には長崎のニュースが入ってきます。戦後一度も改正されていない日本国憲法のもとで、平和を維持し続けている日本がこれからも唯一できることは、戦争をしない国であり続けること。平和を維持し続けること。これに尽きます。
次の一年もこの平和が続くように。そう祈りの文章を記載して、今日の Tplybook を終わりにしたいと思います。